
はじめに|知らないと落ち着かない気持ち
以前の私は、エンタメの話題を「全部知っていないと不安」でした。
ニュースやSNSで話題になっていることを把握していないと、どこか置いていかれたような気がしてしまうんです。
- 今日は何が話題なのか
- みんなは何に反応しているのか
- 見逃している出来事はないか
気づくと、安心するために情報を集めていました。
でも不思議なことに、知れば知るほど安心するどころか、逆に不安が増えていったんです。
「全部知りたい」は安心のためだった
今振り返ると、私が情報を追っていた理由はシンプルでした。
知らない=不安
知っている=安心
そう思い込んでいたんです。
エンタメが好きという気持ちもありましたが、それ以上に
「知らない自分でいたくない」という感情が強かったように思います。
だから、少しでも空白があると、すぐ埋めたくなっていました。
でも、全部知っても不安は消えなかった
ある時、ふと立ち止まって考えました。
「これだけ追っているのに、なんで不安はなくならないんだろう?」
よく考えると、エンタメの話題は次から次へと出てきます。
一つ知ったら、すぐ次の話題が現れる。
つまり、全部知る状態は、そもそも存在しないんですよね。
それに気づいたとき、少し肩の力が抜けました。
不安の正体は「知らないこと」ではなかった
私の不安の正体は、
「知らないこと」そのものではありませんでした。
本当は、
置いていかれるのが怖い
周りとズレるのが不安
話題についていけない自分を想像している
こうした 想像への不安 だったんです。
実際には、
エンタメの話題を少し知らなくても、困る場面はほとんどありませんでした。
私が切り替えた考え方①:知らなくても困らない
まず意識したのは、とても現実的な視点です。
「これを知らなくて、明日何か困る?」
ほとんどの場合、答えは「困らない」でした。
仕事に支障はない
生活は変わらない
人間関係も壊れない
この事実を何度か実感するうちに、
「知らなくても大丈夫」という感覚が少しずつ身についていきました。
私が切り替えた考え方②:知る=価値、ではない
以前の私は、
「たくさん知っている=価値がある」
という考え方をどこかで持っていた気がします。
でも、エンタメに関しては特に、
知識量より、どう感じたか
早さより、どう楽しんだか
の方が大切だと気づきました。
無理に集めた情報は、
自分の中に残らないことも多かったです。
私が切り替えた考え方③:「知らない自分」を許す
一番大きかったのは、これかもしれません。
知らない自分でもいい、と許すこと。
全部把握していない自分を、
以前はどこかで否定していました。
でも、
興味が薄い話題
今の自分には重たい情報
単純に疲れている日
そういうときに無理をしない方が、
結果的にエンタメを長く楽しめると分かってきました。
「知りたい」と「知っておくべき」は違う
今は、この2つを分けて考えています。
知りたい → 自分の気持ちが動くもの
知っておくべき → 本当に必要な情報
エンタメの多くは「知りたい」側です。
だから、気分やタイミングで選んでいい。
この線引きができるようになってから、
情報への向き合い方がかなり楽になりました。
以前より、エンタメを落ち着いて楽しめるようになった
「全部知らなきゃ」という考えを手放してから、
焦ってチェックしなくなった
他人の反応に振り回されにくくなった
自分のペースで作品を楽しめるようになった
という変化がありました。
情報を減らしたというより、
自分へのプレッシャーが減った感覚です。
まとめ|不安は「知識不足」から来ていなかった
「全部知らなきゃ不安」だった私が楽になれた理由は、
全部知ることは不可能だと気づいた
知らなくても困らないと体感した
知らない自分を許した
この3つでした。
エンタメは、本来楽しむものです。
不安を減らすために追いかける必要はありません。
もし今、
「知らなきゃ落ち着かない」と感じているなら、
一度立ち止まっても大丈夫だと思います。
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